―遺言―
終太郎「許さ〜ん。了子!!そこへ直れ、今度という今度は許さ〜ん!」
終太郎の激怒の声。了子の老獪(ろうかい)な魔女のような子供のような笑い声。
面堂家のいつもの風景。
またしてもいつもの了子の悪戯に、たわいも無く引っかかり、
了子に詫びを入れるように刀を持って詰め寄る終太郎。
刀は振り回すが、理性は残っていたのか寸止めで刀を止める。
終太郎「さぁ謝れ、了子。今なら許してやる、さもないと…」
了子「まぁ妹に刀を向けるなんて…お兄様最低!!」ガッチャン!!
何故か突然、了子の目の前に紐が現れ、その紐を思いっきり了子が引っ張った。
と思ったら床が抜けて、終太郎が奈落の底へ落ちていく。
終太郎「許さんぞおおおぉぉぉ!!」
了子には分かっていた。
兄が寸止めで刀を止めることを、「許さん」と言っていてもいつも必ず許してくれることを。
何故なら兄はやさしいから…
でもそれは了子の勘違いだった。確かに終太郎の性格は女性にはやさしかった。
しかし妹に対するやさしさはもうひとつ、誰も知らない約束事…
ある人からの遺言によるものでもあったのだ。
終太郎「わ〜ん。くらいよ。せまいよ。こわいよ〜。」
落ちた先は暗くて狭い部屋だった。
目を凝らしても何も見えない。手探りで探っても何も捉えることが出来ない。
熱くも無く、寒くも無く、何も聞こえず、体感できるものが何も無い。
圧迫感を感じる。暗闇が迫ってくる。
「こわいよ〜こわい…」
僕は泣きながら頭のスミで考えた。
生きている者の想いは変わっていくのに、死者の想いは変えられない。
あの人が生きていてくれたら、この今の僕の惨状を見ていてくれれば、
あのような遺言を残して逝くことも無かったのに…。
こんなひどい悪戯をされて、もういつまで了子に優しくできるかわからない。
だれか助けて欲しい。
僕はこのままだと闇に飲まれて同化してしまう…。
この大嫌いな闇といっしょになってしまう…。
そんなことをぼんやり考えながら、いつしか気が遠くなっていった。
………
……
…遠くから、近くから、どこからか声がする。
「…終ちゃんはお兄ちゃんだから、妹にはやさしくしてね。お願いね…。」
あの人の最後の言葉。
僕は覚えている。
ちゃんと覚えている。
あの人は、僕が水に入るときは必ず準備体操するようにとも言っていた。
それくらい僕を心配してくれたやさしい人だった……。
…光を、顔に暖かさを感じる。手や体の周りに何かふかふかした感じがする。
なんだか気持ちいい。起きたくない。ずっとずっとこのままでいたい…。
目を開ける。
黒メガネ「若、気づかれましたか?ずいぶん長く気を失っていられましたね。
もう日が変わってしまいましたよ。大丈夫ですか?」
側にいた黒メガネが心配そうに声をかける。
僕は黒メガネが助けたのか、あの暗くて狭い部屋から自分の部屋のベッドの布団にくるまれていた。
終太郎「夢を見ていた。懐かしい夢。…日が変わっただと?」
僕は一人納得する。
今日はあの人の命日だ。だからそんな…懐かしい夢を見たのだろう。
終太郎「白のドームに行く」
起き上がって部屋を出ようとすると黒メガネが慌ててついてこようとしたが
それを制止して白のドームへ向かう。
白のドーム。僕が気に入っている花で白い色の花ばかり集めたドームだ。
中に入り、そのうちの一角を目指す。
近付くにつれ、その花が存在感を示すように強い香りを漂わせる。
その花の名はカサブランカ。白百合。死者へ手向ける高貴なる白。
僕は白百合を持って敷地内のお墓へ行った。
敷地内の静かな墓所。
森の奥、光が差し込んで、そこはとても美しい世界…そして穏やかでやさしい世界…。
終太郎「…あぁ…」
すでにその一角はお香がたかれ、白であふれていた。
こんな朝早くから起きて、来ているとすればおじい様だろう。
いつも舞妓や芸妓で周りを取り巻かせ、
ボケたふりして、イタズラをしかけて遊んでいるような人であっても
本当に自分の愛した人のことは気にかけていたのだろう。
そんなことをぼんやり思いながら、立っていると背後に人の気配を感じた。
後ろを振り向くと、そこにいたのは妹の了子。
終太郎「…何の用だ…了子…?」
了子「…少し、いたずらが過ぎたと思ってお兄様の家に様子を見に行きましたら
黒メガネたちがお兄様は、あのお方のお墓参りに行ったのだろうと…
そうお聞きしまして、私もと思い…」
あのころ了子はまだ幼く、あの人のことはおぼえていないはずだ…。
了子「お顔は覚えていませんが、膝に抱いてもらって頭を撫でてもらったことは
うっすらと覚えているんです。お兄様の想い出はなんですの?」
終太郎「…僕も…とてもよく可愛がってもらったことを覚えているよ。
あの人は…おばあ様はやさしかった。
とてもやさしい方だった。」
それから僕と了子は、ただ黙ってお線香に火をつけて、静かに冥福を祈った。
僕は了子に、またやさしくなれる。
…それが、あの人の「遺言」なのだから…。
終わり
あの人=おばあさまと言うのは、アニメに若のセリフ説明のみに登場。
セリフによるとすでに亡くなった人で、考えるとうる星で、肉親を亡くした人というのは終太郎だけで
同時に前々から了子に対する終太郎の優しさ(行動)は単に妹という事だけ、
女性に対する優しさの事だけじゃないような気がしていたので、こんな話ができました。